東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2514号 判決 1952年2月13日
控訴人 債権者 咸菊次郎
訴訟代理人 畠山霊賢
被控訴人 債務者 坂直吉
訴訟代理人 大野忠男
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人と被控訴人間の東京地方裁判所昭和二十六年(ヨ)第三九七二号不動産仮処分申請事件について、同裁判所が昭和二十六年十月四日なした仮処分決定を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、申立人坂直吉、相手方笠間陸郎間の東京地方裁判所昭和二十五年(シ)第五八号事件について、同裁判所が昭和二十六年八月十五日なした決定(後出乙第一号証)に対し、右相手方から法定の期間内に抗告の申立のなかつたことは認める、と述べた外いずれも原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
疏明として控訴代理人は甲第一及び二号証を提出し、乙号各証の成立を認め、被控訴代理人は乙第一乃至第四号証を提出し甲号各証の成立を認め、なお双方の代理人は乙第一号証の決定における主文掲記の土地と本件仮処分の目的である土地とが同一であることは争わない、と述べた。
理由
控訴人主張の本件東京都文京区武島町二十八番宅地登記簿上四十六坪四合(実測五十坪四合七勺)が現在控訴人の所有であること並びに被控訴人が右地上に木造ルーフイング葺平家一棟建坪四坪及び木造トタン葺バラック物置一棟建坪一坪五合を所有しその土地を占有していることは、いずれも当事者間に争がない。
被控訴人は、右土地については原判決事実摘示記載のとおり、その所有者に対抗することのできる賃借権を有している旨抗争するによつて、まずその賃借権があるかどうかの点について按ずるに、成立に争のない乙第一号証(東京地方裁判所昭和二十五年(シ)第五八号決定正本、そして同決定における主文掲記の土地と本件仮処分の目的である土地とが同一であることは当事者間に争がない)によれば、被控訴人は笠間陸郎所有の本件土地上に同人の所有していた木造瓦葺二階建家屋一棟を賃借していたが、右家屋は昭和二十年五月二十六日戦災によつて焼失したので、被控訴人は昭和二十三年八月十八日到達の書面をもつて、右笠間に対し建物所有の目的で右土地賃借の申出をしたところ、同人はこれが拒絶の意思表示をしなかつたので、その申出後三週間を経過した同年九月九日右申出を承諾したものとみなされ、被控訴人との間に相当な借地条件で右土地について建物所有の目的で期間十年とする賃貸借契約が成立したものと考えていた。ところが右笠間は被控訴人のこの賃借権を争うので、被控訴人は同人を相手方として東京地方裁判所に右の事実を理由として罹災都市借地借家臨時処理法(以下単に臨時処理法と略称する)第十五条にもとずく申立をなし、それが前示同裁判所昭和二十五年(シ)第五八号事件として係属していたが、昭和二十六年八月十五日同裁判所において被控訴人の右主張事実を認容して(但し右笠間から賃借申出拒絶の意思表示はあつたが拒絶するについて正当の事由がないと認定した)右賃貸借の成立を確認する等の趣旨の決定をなした事実が疏明せられる。そして成立に争のない乙第三号証によれば、同決定は同年九月九日右笠間に送達せられたことが明らかであつて、同人から即時抗告期間内に抗告の申立のなかつたことは当事者間に争のないところであるから、右決定は同月二十五日の経過によつて(同月二十三日は日曜日、同月二十四日は秋分の日であるから)確定したものというべきである。しかも控訴人は被控訴人の右の主張事実について単に争うというのみで、積極的の主張も疏明も提出しないことにかんがみ、以上認定の事実によつて被控訴人と右笠間との間に本件土地について臨時処理法第二条、第五条にもとずき、昭和二十三年九月九日賃貸人笠間陸郎、賃借人被控訴人とする建物所有を目的とする期間十年の賃貸借が成立したことを推認するに足りる。
次に右賃借権をもつて控訴人に対抗しうるかどうかの点について按ずるに、笠間陸郎が昭和二十六年八月十八日本件土地を特許印刷株式会社に譲渡し、同会社がさらに同月二十五日控訴人にこれを譲渡したことは当事者間に争なく、その当時右会社及び控訴人が順次所有権取得登記を経由したことは、成立に争のない乙第四号証(登記簿謄本)によつて疏明せられる。ところで臨時処理法第二条によれば「罹災建物が滅失した当時におけるその建物の借主は、(中略)その土地の所有者に対し、(中略)建物所有の目的で賃借の申出をすることによつて、他の者に優先して、相当な借地条件で、その土地を賃借することができる。」旨規定されており、ここにいう「他の者に優先して」とはその文理上本条による賃借権はこれと競合する他の賃借権その他の土地の使用収益を内容とする権利に対する関係において、対抗要件を備えなくても、右土地についてすでに設定せられ、または将来設定せられることのある他の権利に対し(たとえその権利が対抗要件を備えても)優先して他の権利を否定することができる意味に解され、所有権等については直接その対象となつていないかのようであるが、もし本条による賃借権が新たに取得した土地所有権者に対抗しえないとすれば、右賃借権については土地所有者はなかば強制的に賃借の申出を承諾せしめられるのであるから、賃借権の登記に協力することは予期できないし、また賃借権の登記をする義務もないのであるから判決をもつてこれを強制することもできないのであつて、賃債権者は早く建物を建築してその登記をなし、建物保護法によつて対抗力を備えるより方法がなく、その以前に土地所有者が他に所有権を移転して対抗要件を備えれば、本案による賃借権は容易に覆されることになり、しかも右賃借権設定後に設定された賃借権が対抗要件を備えれば、その後の所有権取得者に対しても対抗しうるにかかわらず、その賃借権に優先する本条による賃借権が所有権取得者に対抗しえないという奇異な結果を生ずるのみならず、本条が戦災者の居住の安全を保護し、罹災都市の住宅の建設を促進してその復興に資せんとしたその制定の趣旨が没却されることが明らかであるから、本条による賃借権は新たに権利を取得した土地所有者にも対抗しうるものと解するのを相当とする。
もつとも臨時処理法第十条によれば罹災建物が滅失した当時から引続きその建物の敷地に借地権を有する者でもその借地権の登記またはその土地にある建物の登記がなければ、その借地権をもつて昭和二十一年七月一日から五箇年を経過した後は、その土地について権利を取得した第三者に対抗することができないことが明らかであるのに、同法第二条による賃借権者は元来その土地に対する賃借権を有していなかつた者であるにかかわらず、その存続期間十年間はこれらの登記がなくともその土地について権利を取得した第三者に対抗することができると解するのは後者の賃借権者により以上の権利を認めるとの論がないでもないが、前者の借地権は建物所有の目的をもつてその土地の使用を始めなくとも土地所有者から解約せられるおそれがないが 後者の賃借権は一箇年を経過しても正当の事由なく建物所有の目的をもつてその土地の使用を始めないときは、同法第七条によつて土地所有者からその賃借権の設定契約を解除せられるおそれがあり、原則として一箇年以内に建物所有の目的をもつてこれが使用を始めなければならないのであるから、その賃借期間中対抗要件を備えずして、その土地について権利を取得した第三者に対抗することをえしめたとしても、あながち前者の借地権者より以上の権利を認めるものということはできない。
さすれば被控訴人は本件賃借権をもつて新たに本件土地の所有権を取得した控訴人に対抗しうること勿論であるから、被控訴人の抗弁は理由があるものといわなければならない。
よつて被控訴人が控訴人に対抗することのできる権原なくして本件土地を占有していることを前提とする控訴人の本件仮処分申請はすでにこの点においてその理由がないから、これを却下すべきであり、さきになした仮処分決定を取消し、控訴人の申請を却下した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)